もち吉ネット本店
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凍天(しみてん)は、福島県に江戸時代より作り伝えられる「凍もち(しみもち)」にドーナツ風の生地を付けて油で揚げてあるので、衣はふんわり、周りは、サクサク、中のお餅はもっちもちと、フワッ、サクッ、モチッが揃った「揚げ餅」です。

凍天が生まれたのは、今から約二十数年前、福島県は南相馬市のあやめ園で、木乃幡が営んでいた夏季限定の露天団子茶屋の商品「凍もちの天ぷら」として販売されました。
この凍もちの天ぷらが大好評で、あやめ園の入場料を払わないと買いに来れない団子屋に行列が出来ました。

それから数年が経ち、この凍天を販売するお店「もち処木乃幡」が誕生、毎日揚げたての凍天と搗きたてのお餅を販売しておりました。
凍天は時には1日で3万個を完売する商品にまで成長、この凍天は幾度となくテレビに取り上げられたり、雑誌の取材を受けたりしていました。
2005年には楽天市場で「ショップ・オブ・ザ・イヤー2005スイーツ菓子デザートジャンル賞」を受賞。
また、福島県南相馬で観光資源発掘の目的で開催されたオリジナル商品グランプリ、略してO-1グランプリで優勝、南相馬の名物特産品として南相馬市より表彰されました。
そんな福島県の名物菓子として歩んで来た、福島県民にとっては懐かしい味なんです。
これを是非!福岡の皆様にご賞味いただきたいのです。

始めまして、ご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、私達は福島県の名物「凍天(しみてん)」を製造販売する、株式会社木乃幡(このはた)代表取締役社長 木幡 喜久雄と、常務取締役 木幡 吉成と申します。
私達は、三月十一日の壊滅的被害をもたらした東日本大震災で甚大な被害を受け、さらに当社は福島原子力発電所二十キロ以内の警戒区域内に位置する為に、復活は愚か、会社の存続すら危ぶまれる状態にありました。
震災直後から不明者の捜索と家族や社員の避難が続き、会社の復興等考えられない状態にあり、迷走が続いていた中、一筋の光が差し込みました。

福島県と宮城県に複数ある当社の販売店舗「もち処木乃幡」は、被害はあっ たものの、なんとか難を逃れていました。しかし、本社工場を失い、社員達は皆各方々にある避難所に散り、製造運営が出来ないまま復興が見えない状態でもが き続けていた中、十数年来親しくお付き合いさせていただいておりました、株式会社もち吉の森田社長様よりお電話を頂きました。
内容は「木乃幡の工場を直方に準備するから、そこでお餅を作りなさい」との一言。
私と社長、そして、私達の家族全員涙を流して喜びました。
森田社長の申し出がどれほどうれしかった事か、生きていけると一筋の光に見えました。
そして間もなく、木乃幡の職人達を直方に送り木乃幡の商品の復活の為に従事することとなりました。そして早くも6月には当社の看板商品、凍天(しみてん)の中に入っている「凍もち(しみもち)」が完成、福島県と宮城県のお店をオープンさせることが出来ました。
この、お店の再オープンの時、凍天を食べたお客様から涙を流しながら「ありがたい」と、お言葉を頂いた事が今でも忘れられません。
そしてお客様から口々に「待ってたよ」「やっと食べれる」とのお声。
この時私達は、この凍天をどんな事が有っても守って行く決意。そして決意出来たことに感謝致しました。


福岡県は直方の企業が、被災地の会社を救った。この事を私達は直方の皆さまにもお伝えしなければならないと感じ、これまでの感謝の気持ちと、この凍天を揚げたてで直方の皆さまにも召し上がって頂きたいという思いが生まれました。
この事を森田社長に伝えたところ、ぜひ実現させようという事になり、誕生したのがこの「凍天本舗 もち処もち吉」なんです。
東北の福島と九州の福岡をつないだこの凍天には、私達ともち吉の復興の想いを乗せて、そして福岡で新たな展開を求めて、凍天本舗 もち吉が「福」を乗せて出発いたします。

今後とも「凍天本舗 もち処もち吉」をよろしくお願いします。